おさかな情報 No.2  1998年4月

1998年度 第1回展示テーマ 

    「阿部宗明博士と築地魚市場」

       
                              カラスフグ 

はじめに                   1    
阿部宗明博士の経歴           2    
阿部博士が発表した新種         3    
阿部博士が紹介した「新顔の魚」    6    
阿部博士に献名された魚         8    
「阿部先生の掃除」            10    
最近増えているなぞのフグ         10    
日本のフグ研究の歴史」          12    

はじめに

 阿部宗明(あべときはる)博士(前名誉館長、1996年8月逝去)は、戦後間もない昭和22年から平成8年までの51年間にわたって、毎朝築地魚市場に通い、魚類の研究を続けてきました。この間、サメからフグまで数多くの論文を発表し、国際的にも高い評価を得ています。研究の一方、日本の魚類学の発展にも努め、「魚の会」(現日本魚類学会)の設立への参加をはじめ、日本魚学振興会(日本の魚学を振興するため魚市場関係者により設立)の援助で創刊された「魚類学雑誌」の編集を長く手がけ、その後日本魚類学会会長などを歴任しました。また、博士は魚学,魚食の啓蒙・普及にも熱心で、数々の図鑑・普及書を出版しています。昭和56年からは「おさかな普及センター資料館」名誉館長として、魚に関する様々な情報を収集,分析して、都民の皆さんや市場関係の方々に提供してきました。
展示では、博士ゆかりの魚とともに、その研究のあゆみを紹介します。
     カラス
         カラス Takifugu chinensis  (Abe,1949)
       阿部宗明博士が1949年に新種として発表したフグ


阿部宗明博士の経歴

1911年 (明治44年)東京生まれ
1932年  東京帝国大学理学部動物学科入学
1935年  同学科卒業
       東京帝国大学理学部大学院に進学
1940年  同大学院修了
       東京帝国大学理学部動物学科研究生
1947年  農林省水産試験場勤務
1952年  東京大学理学博士
       (提出論文「日本近海産マフグ科魚類の分類学的研究」)
1960年  農林省東海区水産研究所資源部主任研究官
1977年  農林省東海区水産研究所を退職
       海洋水産資源開発センター勤務
1981年  おさかな普及センター資料館名誉館長(1996年まで)

       東京大学講師
       筑波大学講師
       東京大学総合研究博物館客員研究員
       日本魚類学会会長
       日本魚類学会名誉会員
       魚の会理事
       リンネ協会会員
       アメリカ魚類・は虫両生類学会外国人名誉会員

       伊藤魚学研究振興財団常務理事
       藤原ナチュラルヒストリー振興財団理事長


阿部博士が発表した新種

 博士の研究の特徴の1つにその対象魚種の広さがあります。その範囲は魚類全般といっても過言ではありません。全ての魚に興味をもっていました。これは、「日本の魚類学の父」といわれる恩師の田中茂穂博士の影響かもしれません。田中博士は、1913年に初めて日本産魚類の目録を作成し、日本の近代魚類学を確立した魚類学者です。阿部博士は、田中博士のもとで2年先輩の冨山一郎博士とともに様々な魚類の分類学的研究を行い、日本の魚類学の発展に尽くしました。
博士は、長い研究生活の中でサメ、トビウオ、ハゼからフグまて33種もの新種を発表しました。

博士が発表した新種目録

カスミザメ科
  ハダカカスミザメ  Centroscyllium Kamoharai Abc,1966
アナゴ科
  シンジュアナゴ  Gorgasia japonica Abc,Miki & Asai,1977
ニギス科
   Nansenia robusta Abe,1976
    (=ギンザケイワシ Nansenia ardesiaca Jordan & Thompson,1914 )
セキトリイワシ科
  ナメライワシ Leptoderma lubricum Abe,Marumo & Kawaguchi,1965

                      一‐2一‐

トビウオ科
  ダルマトビウオ  Prognichthys sealei Abe, 1955
  ホソトビウオ)  Cypselurus opisthopus hiraii Abe, 1953
     ( =Cypselurus hiraii Abe, 1953 )

  アリアケトビウオ  Cypselurus starksi Abe, 1953
アンコウイワシ科
  アカチョッキクジラウオ  Rondeletia loricata Abe & Hotta,1963
クジラウオ科
  イレズミクジラウオ  Cetomimus comounctus Abe,MArumo & Kawaguchi,1965
ヒカリキンメダイ科
   Photoblepharon palpebratus steinizi Abe & Haneda,1973
キンメダイ科
  フウセンキンメ  Beryx mollis Abe, 1959
オオメマトウダイ科
  ツブマトウダイ  Xenocyttus nemotoi Abe, 1957
   (=ヒョウマトウダイ Pseudocyttus maculatus (Gilchrist, 1906 ))
カサゴ科
  オキカサゴ  Helicolenus avius Abe & Eschmeyer,1972
  フトユビメヌケ Adelosebastes lateno Eschmeyer,Abe & Nakano,1979
  ナミダカサゴ  Rinopias argoliba Escmeyer,Hirosaki & Abe,1973
クサウオ科
  スジクサウオ  Liparis franzi Abe,1950
       (=
スナビクニン Liparis punctatus(Tanaka,1916))
  アカビクニン   Liparis punctaus rutilus Abe,1955
       (=スナビクニン  Liparis punctatus(tanaka,1916))
アジ科
  アカアジ   Decapterus Kurroides akaadsi Abe,1958
       (=Decapterus akaadsi Abe,1958)

ヒイラギ科
   Leiognathus aureus Abe & haneda,1972
   Leiognathus hataii Abe & haneda,1972

フエダイ科
  シマアオダイ Paracaesio kusakarii Abe,1960
  ヨゴレアオダイ Paracaesio sordidus Abe & Shinohara,1962
       (=Paracaesio sordida Abe & Shinohara,1962)

ハゼ科
  キイロサンゴハゼ  Gobiodon okinawae Sawada,Arai & Abe,1972
エボシタイ科
  スジハナビラウオ  Psenus Kamoharai Abe,Kojima & Kosakai,1963
        (=Psenus cyanophrys Valenciennes,1833)
ドクウロコイボダイ科
    Tetragonurus Pacificus Abe,1953
モンガラカワハギ科
  イレズミモンガラ  Balistes Vidua Kamoharai Abe,1958
       (=クロモンガラ  Melichthys vidua(Solander,1844))
フグ科
  ナシフグ  Sphoeroides vermicularis radiatus Abe,1947
     (=Takifugu vermicularis(Temminck & Schegel,1847-1850))
  メフグ   Sphoeroides ocellatus obscurus Abe,1949
     (=Takifugu obsurus(Abe,1949))

                       一‐3一‐


  カラス Sphoeroides rubripes chinensys Abe,1949
      (=Takifugu chinensis(Abe,1949))
  ショウサイフグ  Fugu vermicularis snyderi Abe,1988
      (=Takifugu cnyderi(Abe,1988))

  クロサバフグ  Lagocephalus gloveri Abe & Tabata,1983
  シロサバフグ  Lagocephalus wheeleri Abe, Tabata & Kitahama,1984
  クロサバモドキ  Stephanocephalus elongatus Harada & Abe,1994
               注)
カッコ内は現在有効とされている学名

代表的な新種


クロサバフグ  Lagocephalus gloveri Abe & Tabata,1983 フグ科
シロサバフグ  Lagocephalus wheeleri Abe, Tabata & Kitahama,1984
 博士が最も長く研究した魚はフグです。博士論文のテーマもフグですが、その理由は「昔は安かった」ということを伺ったことがあります。博士は生涯7種のフグの新種を発表しました。従来、サバフグは1種で無毒であるといわれてきましたが、博士の研究の結果、サバフグには2種類含まれていることがわかりました。この2種類は、尾鰭の形や色で区別できます。

クロサバフグ 
  北海道南部以南の太平洋側、東シナ海からインド洋まで分布。日本近海産の肉は無毒といわれていますが、南シナ海産の肉は弱毒、卵巣・肝臓は猛毒との報告があります。全長35cm。

                          

シロサバフグ 
  鹿児島県以北の日本沿岸、東シナ海、台湾、中国沿岸に分布。肉・皮・精巣は無毒。全長35cm。

                          

                     一‐4一‐


ホソトビウオ
 Cypselurus hiraii Abe,1953     トビウオ科
博士はトビウオの研究者としても知られています。数多くのトビウオに関する論文の中で3種の新種を発表しています。トビウオはフグに次いで情熱を注いだ魚で、1996年7月病院のベッドで最後に御覧になったのもトビウオの標本でした。このトビウオは、昭和27年(1952年)9月11日千葉県布良から築地市場に入荷した魚の中から博士により発見され、1953年に新種ホソトビ(ウオ)として発表されました。津軽海峡以南の各地、台湾に分布し、日本海・本州沿岸にふつうに見られる小・中型のトビウオ。産卵期は晩春から初夏。胸鰭の先端に透明域があるのが特徴で、小さいときには下顎の下の方に1本の短いひげがあります。全長28cm。
       ホソトビウオ
                      成魚          幼魚
                        
(Tomiyama & Abe,1953より)

フウセンキンメ Beryx mollis Abe,1959    キンメダイ科
 1950年代までキンメダイの仲間と言えば、世界中でキンメダイとナンヨウキンメの2種類しか知られていませんでした。相模湾にもこの2種はすんでいますが、小田原の魚業者は、この2種以外にもう1種変わったキンメダイがいることを知っていました。このキンメダイは、針にかかって海面に引き上げられると、体が柔らかくフウセンのように膨らむことから、地元では「フウセンキンメ」と呼ばれていました。1959年3月この変わったキンメダイが博士のもとへ持ち込まれました。博士が詳しく調べてみると、背鰭の軟条の数などでほかの2種と異なるので、新種ということがわかりました。そこで、博士は新種フウセンキンメ Beryx mollisと命名して、魚類学雑誌に発表しました。mollis は「柔らかい」という意味です。キンメダイと同種だという学者もいますが、体の形や鼻の穴の形で区別できるので別種と思われます。相模湾から沖縄まで分布。全長30cm。珍しい種類で、正式に記録された標本はわずかしかありません。

      フウセンキンメナンヨウキンキ
     フウセンキンメ                       ナンヨウキンメ
                    −‐5−‐


阿部博士が紹介した「
新顔の魚


 日本の水産物の輸入量は年々増え続け、1970年40万トン、それが1980年になると130万トン、そして1996年には350万トンにもなっています。これらの中には、日本人になじみの深い魚に似たものもいますが、見慣れない魚も数多く含まれています。そこで、博士は1970年頃より、これらの魚に日本語の名前をつけて市場関係者・消費者・学会関係者に紹介することを始めました。学術雑誌・一般雑誌のほかに、伊藤魚学振興財団から「新顔の魚」というタイトルで、築地魚市場に続々と入荷する世界各地の魚を紹介しました。このようにして、博士により「新顔の魚」として紹介された魚は200種以上にもなります。
博士の名付けの方法にはいくつかの特徴があります。大西洋の魚には「ニシ」(西)・「モト」(学名は最初ヨーロッパの魚を中心に付けられたため?)、オーストラリア・二ュージーランドなど南半球の魚には「ミナミ」(南)という言葉をよく使っています。なかには、ウッカリカサゴやヨコヅナダンゴウオといった楽しい名前もあります。
日本の魚類学史上、もっとも多くの学名を付けたのは170もの新種を発表した田中博士ですが、もっとも多くの日本語の名前を付けたのは阿部博士です。


主な「新顔の魚ウッカリカサゴ

ウッカリカサゴ
 Sebastiscus tertius     フサカサゴ科
“阿部先生は名付け名人”
 1978年バルスコフとチェンは日本近海からカサゴによく似た新種を発表しました。その時、日本語の名前はありませんてした。この魚は当時のマスコミに取り上げられ、あるテレビ局から記者が先生のところへインタビューに来ました。「日本の名前は何ですか」との質間に、「うっかりするとカサゴと区別しないことがあります。それと、日本の研究者がうっかりしていたので、ウッカリカサゴと名付けました」と阿部先生。ウッカリカサゴの誕生です。
宮城県から東シナ海までの岩礁域にすみ、全長45cmになります。体は赤っぽく、胸鰭の基底の斑紋が不明瞭なことで、カサゴと区別できるとされていますが、赤っぽいカサゴと区別するのは困難です。

                  

イシヒラメ

イシビラメ
 Scophthalmus maximus    イシビラメ科

日本のヒラメと同じように、眼は体の左側にあります。体は、うろこではなく、石のような骨枚でおおわれています。このため、博士はイシビラメと名付けたようです。全ヨーロッパの沿岸にすみ、全長1mにもなります。

シビラメの仲間は、ヨーロッパを中心に10種ほど知られていますが、ヒラメ科に近いと考えられているようです。トロールで漁獲されます。ヨーロッパの海産魚類中、最もおいしいといわれています。

                             (Clofam,1985より)




マルアナゴ
 Ophichhus ocellatus     ウミヘび科
ウミヘビ科魚類は、体形からもわかるように、ウナギ科・ハモ科・アナゴ科などと親戚で、ウナギ目魚類のメンバーです。この仲間は、レプトケパルスという柳の葉のような子供時代をすごすのが大きな特徴です。
ウミヘビ科の魚は日本ではふつう食用とされていませんが、南アメリカではこの魚はとくにおいしいといわれています。日本では、マアナゴの代用品として利用されています。“マル「アナゴ」”の命名は、ふつうウミヘビを食べない日本人への博士の配慮と思われます。大西洋西岸温暖域と太平洋東南の沿岸に分布し、全長50cmになります。トロールで漁獲されます。
マルアナゴ
                            (新顔の魚,1989より)




モトギス
 Sillago sihama       キス科
シロギスに似ていますが、腹・臀鰭が黄色く、尾鰭の下の方が黒いので区別できます。インド洋や東南アジアを中心に分布していますが、沖縄島や西表島にもすんでいます。河口域の千潟の発達したところで生活しています。全長30cmになり、日本ではてんぷらの材料として利用されています。
キス科魚類は全世界で約30種知られており、日本にもホシギス、シロギス、アオギス(ヤギス)、モトギスの4種が分布しています。残念ながら、近年の開発に伴う千潟の滅少は、キスのような千潟にすむ魚の生活に大きな影響を与えました。その例の1つが東京湾のアオギスです。現在、東京湾ではシロギスしか釣れませんが、江戸時代の図譜(図鑑のようなもの)には、江戸前のキスとしてシロギスとアオギスが描かれています。
モトギス
                      
Clofnam,1985より)
                     −‐7一‐


                         

阿部博士に献名された魚

ハナメイワシ
Sagamichthys abei Parr,1953    ハナメイワシ科
阿部博士は、ある日東京大学理学部の標本庫で、田中博士が1909年相模湾で採集したハナメイワシと思われる標本を発見しました。そこで、さっそく当時この魚の権威であったパー博士に送りました。パー博士が研究した結果、この魚は新属新種であることがわかり、Sagamichthys(相模湾の魚〉abei(阿部博士)と命名されました。

発光器を持つ深海魚の1種。日本列島の太平洋沖を含む北太平洋から東部南太平洋の水深200〜1000mの中深層にすみ、全長30cmになります。

                        


ミドリフサアンコウ Chaunax abei Danois,1978 フサアンコウ科
博士のフランスの友人てあるダノア博上が命名した魚。学名は「阿部博士のフサアンコウ」という意味。博士は、外国の魚類学者とも幅広く交流し、伊藤魚学振興財団などを通じて多くの研究者を日本へ招待しました。外国からの研究助成の申込に対しては、いつも「地球上にすむ人なら誰でも」と答えていました。博士の研究生活に国境はありませんでした。

南日本,東シナ海の水深90〜500mにすみ、全長35cmになります。
                              

                       一一8一‐


サンノジダマシ
 Cheilopogon abei parin,1996  トビウオ科
サンノジダマシ
 博士は、1955年に「有用魚類千種」のなかで、ある珍しいトビウオ(Cypselurus altipennis、後でC.katoptronに変更した)にサンノジダマシという名前をつけました。ところが、1996年、長年の友人の一人で、ロシアを代表する魚類学者であるパーリン博士は、阿部博士のサンノジダマシはC.katoptron とは異なる新種であることを明らかにしました。そして、パーリン博士はトビウオ研究における阿部博士の長年の功績をたたえて、サンノジダマシの新しい学名に阿部博士の名前(abei)を入れました。  (冨山.阿部、1956より)

インド・西太平洋の熱帯海域に分布していますが、日本近海ではまれにしかとれません。

                   


阿部博士の著作活動


 博士は、学術雑誌に数多くの研究論文を発表するかたわら、魚の知識に関する啓蒙・普及活動の一環として、たくさんの図鑑・普及書の執筆・監修をしました。

     主な出版物
発行年
1953〜58 日本産魚類図説           風間書房      共著
1955     図説有用魚類千種          森北出版     共著
1956     魚貝の図鑑              小学館       共著
1957     図説有用魚類千種続編       森北出版     著者
1963     原色魚類検索図鑑          北隆館      著者
1964     新日本動物図鑑           北隆館      共著
1970     うおとかい               講談社      共著
1970〜95 新顔の魚                伊藤魚学振興財団 著者
1972     魚貝の図鑑              小学館       共著
1979     新編新日本動物図鑑        北隆館      共著
1985     ビジュアル版日本さかなづくし1〜4集 講談社  編集・共著
1986     決定版生物大図鑑魚類       世界文化社    編集・共著
1986     福井県魚類図説           福井県       監修
1987     材料料理大辞典魚介1・2     学研        共著
1987     原色魚類大図鑑           北隆館      監修
1989     魚河岸の鮮魚介           竹書房       監修
1989     原色魚類検索図鑑2・3       北隆館       共著
1990     日本料理由来辞典           同朋社      共著
1994     フグの分類と毒性           恒星社厚生閣  共著
1997     現代おさかな辞典           NTS       共著
1997     有毒魚介携帯図鑑           緑書房       共著
 ?      日本食用魚介藻大図鑑        グラフ杜      監修

                   
一‐9一一


ーーーーーー
阿部先生の掃除−−−−−−−

 先生の研究分野は魚類学ですが、正確にいうと魚類分類学といわれるものです。分類学は、いろいろな生物を調ベて、名前を付けたり、関係を調ベたり、分類体系にまとめたりと、いわば生物を整理する学問です。魚類研究者の間ではよく知られていることですが、先生はこの分類学の権威であるにもかかわらず、机のまわりの整理や掃除は得意ではありませんでした。得意でないどころか、全くしませんでした。そのため、机の上には論文などの資料が山積み、足下には標本瓶が所狭しと並べられ、足の踏み場もないというありさまでした。しかし、このような状態を「整理しない、掃除をしていない」というのは、まわりの人聞が勝手に思うだけであって、先生なりに机のまわりを「整理していた」ようです。その証拠に、必要な資料や標本はどこからともなく見つけられていました。
ところが、東京大学総合研究博物館(東大博物館)動物部門の研究室で、先生と私が机を並べていた約10年の間に1度だけ、先生が机のまわりの掃除をしたことがあります。それは、1995年12月の東大博物館への行幸啓の時のことでした。両陛下の御予定の中には、私たちの研究室の御訪間も入っていました。陛下はハゼの分類について多数の論文を発表されており、日本の代表的な魚類学者の一人として世界的にもよく知られています。阿部先生によれば、待従からのお話で、「田中茂穂(先生の恩師).冨山一郎(先輩).富永義昭(後輩)博士らの魚類学関係の貴重な資料を多数保管している、動物部門の研究室・標本室」を「機会があれは」御覧になりたいという御希望があったとのことでした。事前の打ち合わせで、侍従の方より「阿部先生の机のまわりはそのままで」という申し出があり、魚類標本・資料などについての御説明役を命じられていた私は、そのまま先生にお伝えしました。ところが、行幸啓の前日の朝、研究室に入ると驚いたことに先生の机のまわりがきれいに掃除されていました。さすがの先生も、いくら魚類学を通して御親交が探いとはいえ両陛下にはいつもの机のまわりを御覧いただきたくなかったようです。
        (坂本一男館長・東京大学総合研究博物館客員研究員)


〜〜〜〜〜築地魚市場おさかな二ュ一ス〜〜〜〜〜

最近増えているなぞのフグ

 今年1月10日ごろの各新聞に、「判別できない輪入のフグが急増」というような記事が掲載されました。中国から輸入しているトラフグやカラスに、このどちらともいえないフグが混ざり、一見しただけでは種類が判別できず、毒性検査が追いつかないというのです。フグは、種類によって毒のある場所や強さが異なるため、種の判別は非常に重要です。最近、蛋白質の電気泳動分析やDNA判定など生化学を利用した新しい手法による種類の判別が行われるようになってきました。しかし、色彩や内外の形態が重要であることにかわりはなく、現在では形態と生化学的分析とをあわせて総合的に種類を決定する試みがなされています。
ここでは、最近築魚地市場に入荷した雑種と思われる2個体のフグについて、外部形態の比較による種類の判別を試みました。

1.
ゴマフグショウサイフグの雑種
1997年10月17日、国内より入荷、全長23cm

特徴:背面はやや青みがかり、小黒点を散らす。腹面は白色。体側に黄色の縦帯がある。胸鰭の後ろに分割された1大黒斑がある。背・尾鰭は暗黄色、臀鰭は黄白色。背面のトゲはきわめて弱く腹面のトゲはやや強い。背腹両面のトゲは体側で連続しない。

比較:本個体は、背面青みがかり、小黒点をちらし、臀鰭が黄色で、背・腹にトゲがある点で、日本周辺のフグの中ではゴマフグに最もよく似ています。しかし、背面のトゲはきわめて弱く、体側に分割された大黒斑があり、臀鰭が白っぽい点で異なります。また鰭条数もゴマフグより少なくなっています。分割された大黒斑があり、臀鰭が白いのはショウサイフグだけの特徴です。鰭条数とトゲの状態はちょうど両者の中間を示しています。
以上のことから、本個体はゴマフグとショウサイフグの雑種であると思われます。

備考:阿部(1949)はゴマフグの記載の中で、この標本と同じ様なトゲの弱いものを示し、そのトゲの状態や鰭の色などから、マフグとの雑種であろうと報告しています。

     体背面に小黒点をちらすフグとの比較
雑種と思われる
フグ
ゴマフグ ショウサイ
フグ
マフグ
背面の色 やや青みがかる 青みがかる 褐色 緑褐色
大黒斑の状態 分割する 不明瞭 分割する 明瞭・分割せず
臀鰭の色 黄白色 黄色 白色 黄色
背面のトゲの状態 弱いがある ある ない ない
背鰭鰭条数 14 15〜18 12〜17 12〜17
臀鰭鰭条教 13 13〜16 10〜13 11〜15
胸鰭鰭条数 15 13〜17 14〜17 14〜18
           フグ


2.
カラスサンサイフグの雑種
1997年12月30日、中国大連より入荷、全長40cm

特徴:背面は黒色で、小白点をちらす。この小白点は前方では円形だか、背鰭付近では長楕円形。小黒点はない。腹面はやや茶色がかった白色。体側に縦帯はない。胸鰭の後ろに茶色で縁どられた1大黒斑がある。すべての鰭は黒色。尾鰭は鰭幕も黒い。背面のトゲはやや弱く、腹面のトゲは強い。背腹のトゲは体側で連続しない。

比較:このフグは、すべての鰭が黒く、胸鰭の後ろに1大黒斑があり、体側に黄色縦帯がないことで、日本や中国周辺のフグの中ではカラスに最もよく似ています。しかし、全体に茶色がかり尾鰭は鰭膜も黒い点で異なり、鰭条数もカラスより少なくなっています。体色が茶色がかり、尾鰭鰭膜が黒いのはサンサイフグの特徴です。鰭条数は両者の中間の値を示しています。
以上のことから、本個体はカラスとサンサイフグの雑種と考えられます。

      体に大きい斑紋のあるフグとの比較
雑種と思われる
フグ
カラス サンサイフグ
マフグ
背面の色 黒〜こげ茶色 緑黒色 茶黒色 緑黒色
臀鰭の色 暗褐色 黄色
背面のトゲの状態 やや強い 強い 強い ない
背鰭鰭条数 15 17〜18 15〜18 12〜17
臀鰭鰭条教 13 14〜15 13〜15 11〜15
胸鰭鰭条数 15 16〜18 13〜18 14〜18

         フグ
参考資料
Abe,T.1949. Taxonomic studies on the puffers (Tetraodontidae,Teleostei)from Japan and adjacent regions-v.Synopsis of ...........
原田禎顕・阿部宗明;1994.フグの分類と毒性.恒星社厚生閣,東京・130pp
Masuda,Y.,N.Shinohara,Y,Takahashi,O.Tabata,& K.Matsauura.1791.Occurrence of .................
中坊徹次編・1993.日本産魚類検索 全種の同定.東毎大学出版会.東京.1476pp

豊田直之.西山徹.本間敏弘.釣り魚カラー図鑑 西東社 2000:


〜〜〜〜日本のフグ研究の歴史〜〜〜〜〜

 
日本周辺のフグの研究は、1800年代にヨーロッパの学者によってどんなフグがいるのかということから始まりました。その中で、最も多くのフグを調べだのはテミンクとシュレーゲルです。彼らは、長崎の出島にいたオランダ人医師シーボルトの持ち帰った標本の中から、トラフグ、シマフグ、マフグなど代表的な種類を新種として発表しました。明治になると欧米各国から学者が研究のために来日しました。ドイツのヒルゲンドルフはアカメフグ、アメリカのジョルダンとスナイダーはクサフグとムシフグを新種として発表しました。しかし、フグの仲間は互いによく似ており、総合的な研究が待たれていました。1940年代の後半になると、日本人としてはじめて阿部宗明博士が本格的にフグの研究を始めました。長年にわたる詳細な比較研究の結果、日本産のすべてのフグ類の特徴が明らかにされました。たとえば、それまで大西洋の種類と同じ仲間と考えられていたトラフグの仲間は、日本を含む東アジアのみに分布することがわかりました。一連の研究の過程で、博士は7種類もの新種を発表しました。博士とそれに続く研究者により、現在、日本周辺には約50種のフグが分布していることが明らかにされています。
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